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京都地方裁判所 昭和59年(行ウ)5号 判決 1987年12月21日

京都市南区吉祥院西ノ庄渕ノ西町三六

原告

富井茂

右訴訟代理人弁護士

稲村五男

村井豊明

京都市下京区間之町五条下ル大津町八

被告

下京税務署長

古賀伊佐夫

右指定代理人

笠井勝彦

佐治隆夫

三好正幸

戸塚義道

福本雄三

片岡英明

堀茂仁

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五七年七月八日付でした原告の昭和五四年分、昭和五五年分及び昭和五六年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

一  請求の原因

1  原告は、手描友禅業を営む者であるが、被告に対し、本件係争年分の確定申告をした。

被告は、昭和五七年七月八日付で原告に対し昭和五四年分、昭和五五年分及び昭和五六年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件処分という)をした。

原告は、本件処分に対し、異議申立及び審査請求をした。

以上の経過と内容は、別表1記載のとおりである。

2  しかし、本件処分には次の違法事由がある。

(一) 被告の調査担当者は、原告に対する税務調査にあたり、事前通知なく突然に臨場し、調査の理由を開示せず、もって違法な調査をした。

(二) 被告は、原告の本件係争年分の所得金額を過大に認定した。

よって、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実は認め、同2の事実は争う。

三  抗弁等

1  被告の部下職員は、昭和五七年五月一七日、同月二四日及び同年六月一七日に原告方に臨場し、本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めた。しかし、原告は、「民商に加入しているので、民商同席の上でないと何も答えられない」と第三者の立会を強要するばかりで、調査に応じようとしなかった。

その為、被告はやむなく反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をしたのであって、本件処分に手続的瑕疵はない。

2  所得金額について

原告は、京都の伝統工芸である手描友禅染における工程のうち、最も中心的な作業である「挿し」の工程を行う加工業者である。その本件係争年分の所得金額等は、別表2記載のとおりであり、その詳細は次のとおりである。

(一) 原告の本件係争年分の労務費は別表3記載のとおりである。

(二) 同業者の選定と同業者労務費率の算定

被告は、原告の所轄税務署である下京税務署並びに隣接する中京及び右京税務署に青色申告をしている個人事業者のうちから、本件係争年分で次の条件に該当する者を抽出したところ、別表5記載のとおりの事例を得た。

イ 染色業のうち手描友禅業を営んでいること。

ロ 他の事業を兼業していないこと。

ハ 労務費(外注費、雇人給料賃金及び青色事業専従者給与の合計額)が、次の範囲内であること。

昭和五四年分は、二四〇万円から七六〇万円まで。

昭和五五年分は、四〇〇万円から一二一〇万円まで。

昭和五六年分は、二八〇万円から八六〇万円まで。

なお、右は、原告の係争各年分の労務費の五〇パーセントを下限とし、一五〇パーセントを上限とした。

ニ 年間を通じ継続して事業を営んでいること。

ホ 不服申立又は訴訟係属中でないこと。

右同業者は、営業地域、営業形態、営業規模等の点で原告と類似性があり、青色申告であるからその数値は正確である。また、手描友禅業者の支払う外注費は勿論、雇人給料賃金も一般に出来高払いとなっており、売上金額と労務費との相関関係は強い。従って、右同業者から同業者労務費率を算定し、これを原告に適用することには合理性がある。

(三) 必要経費(労務費を除く)は、別表4記載のとおりである。

3  以上によれば、原告の主張するような違法はなく、原告の本件係争年分の事業所得は本件処分を上回っており、本件処分は適法である。

4  手描友禅染の工程はゴム糸目友禅と糊糸目友禅とに大別されるが、糊糸目友禅が占める割合は一般に会体の三パーセント位と極く少量であり、ゴム糸目友禅における「挿し」と糊糸目友禅における「挿し」とは、地色の染色後に色挿しを行うか白生地に色挿しを行うかの違いで、模様の糸目糊の輸郭内に筆等を用いて色を挿す作業自体には変わりがなく、その難易度にも殆ど違いがなく、ゴム糸目友禅の「挿し」の時間当たり仕事量は糊糸目の場合より多いけれども単価がより低いから、経費の大部分が労務費であることを併せ考えると、利益率(労務費比率)に顕著な差はない。なお、手描友禅業者とは「挿し」の工程を行う者を言い、友禅業界では各工程が分業になっているから他の工程を行う者は含まれない。原告はゴム糸目と糊糸目とで難易度に差がある糸目糊置の工程を行っていない。更に、原告の雇人のうち見習者は、昭和五四年及び昭和五五年が各一名、昭和五六年が皆無で、見習期間は三か月程度であるから、原告の労務費率が他の同業者に比して特に高いとは言えない。

四  抗弁に対する認否等

1  被告の調査担当者が昭和五七年五月一七日、同月二四日及び同年六月一七日に原告方に臨場し、本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めたこと、原告が「民商に加入しているので、民商同席の上でないと何も答えられない」と第三者の立会を求めたことは認める。

2  所得金額について

(一) 原告の本件係争年分の労務費が別表3記載のとおりであることは認める。

(二) 被告は、従前、反面調査により把握した売上金額に同業者所得率を乗じる方式で原告の所得を推計していたが、本訴において、同業者の労務費率により推計した売上金額を主張する。このような処分理由の変更は、不合理であり、違法不当である。

(三) 手描友禅業者の中には、「挿し」のみでなく、図案や地染めをも行っている者もあり、また、手描友禅には、ゴム糸目友禅(上友禅とも言い、糸目をゴム糊で置き、模様部分を伏せ糊して、地を染めた後に伏せ糊を落し、模様部分を染め、糸目のゴム糊を落して、仕上げる工程のもの)と糊糸目友禅(挿し友禅、差し友禅、挿し伏せ友禅、本友禅とも言い、手描友禅の代表的な方法で、糸目糊で模様の輸郭を描き、その中を色で挿し、伏せ糊でその部分を伏せて、地色を引き染めする工程のもの)とがあって、これらのいずれを行う業者であるかにより利益率が異なる。

原告が本件係争年ころに従事していたのはゴム糸目友禅であった。ゴム糸目友禅は糊糸目友禅に比べて廉価に製造でき誰でも行ない易いことから競争業者も多く、かつ、原告には見習程度の雇人が多く居たため、同業者に比べ労務費率が高かった。

被告主張の同業者から同業者労務費率を算定し、これを原告に適用することには合理性がない。

(四) 必要経費(労務費を除く)が別表4記載のとおりであることは認める。但し、昭和五六年分の地代家賃のうち、別表4注記(2)は、原告が家事に使用していたのは同建物一階部分のみで、二階は仕事場として使用していたから、家事用に使用していたとして必要経費から除外されるべきは一六万円の二分の一である八万円であり、必要経費は一〇万円となり、同年分地代家賃総額は四八万円となる。

第三証拠

記録中の証拠に関する調書記載のとおり。

理由

一  原告が、手描友禅業を営む者であること、被告に対して本件係争年分の確定申告をしたこと、被告が本件処分をしたこと、以上の経過と内容が別表1記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  推計の必要性

1  原告は、被告の調査担当者が事前通知なく突然に臨場し、調査の理由を開示せず、もって違法な調査をしたと主張する。以下、検討する。

(一)  被告の調査担当者が昭和五七年五月一七日、同月二四日及び同年六月一七日に原告方に臨場し、本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めたこと、原告が「民商に加入しているので、民商同席の上でないと何も答えられない」と第三者の立会を求めたことは当事者間に争いがない。

また、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、昭和五七年五月二〇日ころ被告の調査担当者に架電して調査の日として同月二四日を提案しながら、同日被告の調査担当者が原告方を訪れるや、民主商工会の事務局員ら三名を同席させ、同人らの立会と調査理由の開示を要求し、調査担当者が第三者を退席させて帳簿類を提出するよう求めたのに対し、立会人なしでは調査に応じない旨を告げたことが認められる。

(二)  被告が質問検査権を行使する際の事前通知、具体的調査理由の告知、第三者立会の制限、反面調査など実施の細目については、実定法上特段の定めがなく、権限ある調査担当者の合理的選択に一任されているものと解される(最高裁昭和五四年(行ツ)第二〇号昭和五八年七月一四日判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁・シュトイエル二六五号二一頁・税務訴訟資料一三三号三五頁参照)ところ、右原告に対する調査において、調査担当者が具体的調査理由を開示せず、第三者の立会を拒んだことが調査の違法事由になると認めるべき特段の事情は認められない。

(三)  よって、本件処分に手続的瑕疵はない。

2  また、原告は被告がいわゆる反面調査により原告の売上金額を把握しているとも主張するかのようであるが、しかし、成立に争いがない乙一一号証及び証人盛田正昭の証言(第一回)によれば、被告は、原告が調査に協力しないため、原告の売上先のうち池田十三、大同企業組合、豊和染織、ジャパンクラフト等を順次調査したものの、昭和五四年分として七三〇万円余、昭和五五年分として九四五万円余、昭和五六年分として七三四万円余の売上金を把握したに止まり、他の売上先の有無を確定できなかったこと、また右把握し得た売上金のみをもってしては原告の経費すら賄えないにもかかわらず、原告が当時毎月一七万円程の積立預金をしていたこと、被告において原告の売上先を漏れなく把握しているとは言い難いことが認められる。

3  以上によれば、このように原告が調査に協力せず、帳簿資料に基づいてその事業内容を十分に説明せず、被告の調査により売上金額を漏れなく把握できないからには、推計課税の方法で本件処分をする必要があったと言うほかない。

三  原告の所得金額

1  原告の本件係争年分の労務費が別表3記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  売上金額の推計

(一)  成立に争いがない乙一二号証、証人堀茂仁の証言により真正に成立したと認める乙一三号証、一四号証及び同証言によれば、手描友禅にはゴム糸目友禅と糊糸目友禅との二つの方法があること、ゴム糸目友禅とは、下絵の線上にゴム糊を置いて模様の輪郭を描き(これを糊置という)、模様部分に伏せ糊をして、地色を引染めし(これを引染という)、その後に伏せ糊を落し、模様部分に色を挿し(これを挿しという)、仕上げる工程のものを言い、糊糸目友禅とは、古くからの方法で、下絵の線上に糊を置いて模様の輪郭を描き、模様部分に色を挿し、その後に模様部分に伏せ糊をして、地色を引染めして仕上げる工程のものを言うこと、昭和二〇年頃以降は手描友禅染の殆どがゴム糸目友禅で行われ、糊糸目友禅のみを行っている業者は殆どいないこと、「糊置(糸目糊置ともいう)」とは、下絵の線をたどって細くゴム糊(又は糊)を置く(これを糸目糊という)工程を言い、「挿し(彩色ともいう)」とは、糸目糊の輪郭内に筆等で色を挿す工程を言い、「引染」とは地色をむらができないように染色をする工程を言うが、これらはいずれも熟練を要する作業であるため、一般的には、「糊置」は糊置業又は糸目屋に、「挿し」は手描友禅業又は彩色業に、「引染」は引染業に専門的に分業されていること、ゴム糸目友禅における「挿し」と糊糸目友禅における「挿し」とは、使用する染料、筆等も同じで、いずれも糸目糊の輪郭内に筆等で色を挿す同様の作業であって、技術的にも殆ど違いがないこと、染色業のうちの手描友禅業とは主に「挿し」の工程を行う業者を指すこと、「挿し」の作業に従事する者の雇人費は、初心者には時間給で支払われるが、数か月の見習期間を過ぎた後は出来高払いで支払われることが多いこと、そのため手描友禅業では労務費と売上金額とが密接な相関関係にあることが認められる。

(二)  原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、昭和五一年頃からゴム糸目友禅の彩色業を営んでいることが認められる。なお、原告本人尋問の結果(第一、二回)中、原告主張に沿う雇人の熟練度ないし作業能率に関する供述は、具体的数値を欠く単なる感想であって、そのまま採用し難く、原告の労務費率が七〇パーセント位との供述も、その基礎となる帳簿があると供述しながらこれを証拠として提出していないことに徴し、採用できない。

(三)  証人盛田正昭の証言(第一回)により真正に成立したと認める乙六号証の一ないし三、七号証ないし九号証及び同証言によれば、被告は、その主張のとおり、下京、中京及び右京税務署に青色申告をしている個人事業者のうちから、本件係争年分で、染色業のうち手描友禅業を営み、他の事業を兼業せず、労務費が原告の係争各年分の労務費の五〇パーセントないし一五〇パーセントの範囲内の、年間を通じ継続して事業を営み、不服申立又は訴訟係属中でない者を抽出し、別表5記載の事例を得たことが認められる。

(四)  以上の事実によれば、右同業者は、営業地域、営業形態、営業規模等の点で原告と類似性があり、青色申告であるからその数値は正確であり、右同業者から同業者労務費率を算定し、原告の売上金額を推計することは、真実に合致する蓋然性が高く、合理性があると認めるのが相当である。この認定を左右するに足る証拠はない。

但し、別表5の同業者の内、昭和五四年分の右京二番及び三一番はやや他と比較して突出しているから除外することとし、昭和五五年分の中京九番は同じく除外すべきであるが原告に有利なものであるからそのままとし、昭和五六年分の右京一三番及び一五番は同じく除外すべきであるが原告に不利な一三番のみを除外することとし、同業者労務費率を別表6記載のとおり認定する。

なお、雇人の人数、熟練度等は右推計の基礎とされていないけれども、右によれば、原告の係争各年分の労務費の五〇パーセントないし一五〇パーセントの範囲内の同業者事例二四ないし三三の多数を基礎とし、同業者の個別事情を広範囲に吸収しているものと思料されるから、これら予想し得る各同業者の特殊性は右同業者労務費率の中に吸収されているものと思料される。

(五)  原告の労務費を右同業者労務費率で除すると、原告の売上金額は別表6記載のとおり推計される。

原告は、被告が本件処分時には反面調査により把握した売上金額に同業者所得率を乗じる方式で原告の所得を推計していたにもかかわらず、本訴においてこの本件処分理由を変更し、同業者の労務費率により推計した売上金額を主張することは、不合理であり、違法不当であると主張する。しかし、被告主張の推計に合理性があること前記認定のとおりであり、また、推計課税は売上金額等の課税標準(要件事実)を認定する一方法に過ぎないから、被告が、本訴において、売上金額の認定方法として、原処分時の実額の方法ではなく、推計の方法を主張することは、一般の民事訴訟における攻撃防御方法の変更と同じく、当然に許されるところであり、原告の右主張は失当である。

3  必要経費について被告主張の限りでは当事者間に争いがなく、更に、原告は昭和五六年分の地代家賃総額は四八万円になると主張するところ、原告本人尋問の結果(第一回)により同主張の事実を認め、別表6記載のとおり認定する。

4  以上により、原告の本件係争年分の事業所得金額を計算すると、別表6記載のとおりとなること、計数上明らかである。

そうすると、本件処分は右に認定した事業所得の範囲内であるから、被告が原告の本件係争年分の事業所得を過大に認定した違法はないと認められる。

四  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 田中恭介 裁判官 榎戸道也)

別表1 申告・更正等の経過

<省略>

別表2

事業所得金額の計算(被告の主張)

<省略>

別表3

労務費の明細

<省略>

注 1ないし10は雇人費、11ないし14は外注費。

別表4

必要経費の明細(労務費を除く)

<省略>

注記 昭和56年分の地代家賃の明細は、下記(1)ないし(3)のとおり。

(1) 京都市南区吉祥院西ノ庄渕ノ西町36番地所在の家屋(家屋番号36―2)について松岡美代乃に支払った賃借料48万円の内、1月分から8月分までの32万円の50%にあたる16万円は家事使用分であるから、必要経費としては32万円。

(2) 京都市南区吉祥院西ノ庄渕ノ西町36番地所在の家屋(家屋番号36―7)について松岡美代乃に支払った賃借料48万円の内、9月分から12月分までの16万円は家事使用分であり、また、中尾弘道から1月ないし8月分として受領した16万円及び仲町卓二から1月ないし7月分として受領した14万円を控除すると、必要経費としては2万円。

(3) 京都市南区吉祥院西のノ庄東屋敷町52番地1所在の不動産について株式会社山三製材所に支払った賃借料6万円。

別表5の1 昭和54年分 同業者率一欄表

<省略>

別表5の2 昭和55年分 同業者率一欄表

<省略>

別表5の3 昭和56年 同業者率一欄表

<省略>

別表6

事業所得金額ね計額(当裁判所の認定)

<省略>

注 昭和55年分は被告の主張と同じ。

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